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角川新書 Kー517
KADOKAWA 河西陽平
点
1920年代早々から、ソ連は対日諜報活動を行っていた。スターリンは時に機密書類に下線まで引き、ある時は総領事の金庫の鍵をもソ連は入手し、日本の軍事的脅威に神経をとがらせていたのだ。一方、日本では楽観論が大勢を占め続けていた…。ソ連諜報員の実態に、彼らが報告した情報からスターリンがとった行動まで、膨大なロシア公刊史料等を博捜し、諜報戦の実態を気鋭が赤裸々に描く!
第一章 嚆矢―一九二二年、諜報活動は既に始まっていた(対立は極北の大地から;ソ連の対外諜報活動の起源 ほか)第二章 脅威―一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた(賽は投げられた;満洲事変はソ連に予想されていた ほか)第三章 衝突―一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た(「日本軍の規律と戦闘能力は十分高い」;関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた ほか)第四章 猜疑―一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった(独ソ開戦情報の奔流;ロシアで起きている「ゾルゲ・ブーム」 ほか)第五章 破局―一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた(食い違う日独の対ソ軍事路線;「個人的な意見」東郷外相の発言はソ連の猜疑心を高めた ほか)
スターリンが刮目した機密情報とは?疑心、不信、猜疑の螺旋を描き続けた日ソ関係。ゾルゲの活躍は神話に過ぎなかった等、日ソ諜報戦の深層を気鋭が新史料を駆使した最新研究から赤裸々に描く!独ソ開戦の正確な日付を事前に伝達した諜報員はただ一人。それは、ゾルゲではない――。1920年代早々から、ソ連は対日諜報活動を行っていた。スターリンは時に機密書類に下線まで引き、ある時は総領事の金庫の鍵までソ連は入手し、日本の軍事的脅威に神経をとがらせていたのだ。一方、日ソ中立条約の成立から破綻まで、日本では楽観論が大勢を占めていた。ソ連諜報員の実態、彼らの日本人社会への驚くべき浸透ぶりから、報告した情報にスターリンがとった行動まで、膨大なロシア公刊史料等を博捜し、諜報戦の実態を露わにする。■日本をあざむいた赤軍戦力の偽情報■関特演の時、参謀本部は強硬な対ソ戦論者でまとまってはいなかった■外務省内にはソ連に領土一部割譲もやむなし、の声もあった■広田弘毅を対ソ交渉の特使に選んだのは明白な失策■日独両国の接近は早くも暴かれていた■関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた■「関特演」は作戦計画そのものが破綻していた■「独ソ和平論」という夢想を唱えた田中と服部■小野寺情報はソ連の対日参戦の確約を示すものではなかった【目次】まえがき第一章 嚆矢 一九二二年、諜報活動は既に始まっていた第二章 脅威 一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた第三章 衝突 一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た第四章 猜疑 一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった第五章 破局 一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた結語あとがき参考文献一覧
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[BOOKデータベースより]
1920年代早々から、ソ連は対日諜報活動を行っていた。スターリンは時に機密書類に下線まで引き、ある時は総領事の金庫の鍵をもソ連は入手し、日本の軍事的脅威に神経をとがらせていたのだ。一方、日本では楽観論が大勢を占め続けていた…。ソ連諜報員の実態に、彼らが報告した情報からスターリンがとった行動まで、膨大なロシア公刊史料等を博捜し、諜報戦の実態を気鋭が赤裸々に描く!
第一章 嚆矢―一九二二年、諜報活動は既に始まっていた(対立は極北の大地から;ソ連の対外諜報活動の起源 ほか)
[日販商品データベースより]第二章 脅威―一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた(賽は投げられた;満洲事変はソ連に予想されていた ほか)
第三章 衝突―一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た(「日本軍の規律と戦闘能力は十分高い」;関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた ほか)
第四章 猜疑―一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった(独ソ開戦情報の奔流;ロシアで起きている「ゾルゲ・ブーム」 ほか)
第五章 破局―一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた(食い違う日独の対ソ軍事路線;「個人的な意見」東郷外相の発言はソ連の猜疑心を高めた ほか)
スターリンが刮目した機密情報とは?
疑心、不信、猜疑の螺旋を描き続けた日ソ関係。
ゾルゲの活躍は神話に過ぎなかった等、
日ソ諜報戦の深層を気鋭が新史料を駆使した最新研究から赤裸々に描く!
独ソ開戦の正確な日付を事前に伝達した諜報員はただ一人。それは、ゾルゲではない――。
1920年代早々から、ソ連は対日諜報活動を行っていた。スターリンは時に機密書類に下線まで引き、
ある時は総領事の金庫の鍵までソ連は入手し、日本の軍事的脅威に神経をとがらせていたのだ。
一方、日ソ中立条約の成立から破綻まで、日本では楽観論が大勢を占めていた。
ソ連諜報員の実態、彼らの日本人社会への驚くべき浸透ぶりから、
報告した情報にスターリンがとった行動まで、膨大なロシア公刊史料等を博捜し、諜報戦の実態を露わにする。
■日本をあざむいた赤軍戦力の偽情報
■関特演の時、参謀本部は強硬な対ソ戦論者でまとまってはいなかった
■外務省内にはソ連に領土一部割譲もやむなし、の声もあった
■広田弘毅を対ソ交渉の特使に選んだのは明白な失策
■日独両国の接近は早くも暴かれていた
■関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた
■「関特演」は作戦計画そのものが破綻していた
■「独ソ和平論」という夢想を唱えた田中と服部
■小野寺情報はソ連の対日参戦の確約を示すものではなかった
【目次】
まえがき
第一章 嚆矢 一九二二年、諜報活動は既に始まっていた
第二章 脅威 一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた
第三章 衝突 一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た
第四章 猜疑 一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった
第五章 破局 一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた
結語
あとがき
参考文献一覧