この商品をご覧のお客様は、こんな商品もチェックしています。
- 百姓・宇根豊と考える農の哲学 上
-
価格:1,980円(本体1,800円+税)
【2026年06月発売】
- 風景は百姓仕事がつくる
-
価格:1,980円(本体1,800円+税)
【2010年03月発売】
- 農はいのちをつなぐ
-
価格:990円(本体900円+税)
【2023年11月発売】
- 「百姓仕事」が自然をつくる
-
価格:1,760円(本体1,600円+税)
【2001年04月発売】
- 天地有情の農学
-
価格:2,200円(本体2,000円+税)
【2007年07月発売】



























[BOOKデータベースより]
「いのち」はなぜ死ぬときにつよく感じるのか、食事や百姓仕事では「殺している」ことをどう乗り越えているのか。「いのち」とつきあう農の本質からとらえなおす。
1 食べものは、生きものだよね
[日販商品データベースより]2 食べもののいのちと人間のいのちは同じなの?
3 「アメッチ(天地)」って、いったい何?
4 生きものを相手にするって、いいものなの?
5 生きものたちの悩みがわかるかな?
6 天地有情ってどういう感覚なんだろう?
7 人間中心主義を超えられるかな?
8 「めぐみ返し」をあたりまえにできる世の中へ
食べることは生きものを殺すこと。そして農業は日々、生きものを殺し続ける職業である。だがそのことを百姓はふだんそれほど意識していないし、悩むこともない。それは、いのちと「また会える」と確信しているからではないか。そして、農によって、生きものを含む天地自然が人間の身体に入り込むようになったからではないか。しかし、農が産業としての農業に変わっていくなかで、人間もまた自然(天地)から切り離された存在になっていった。百姓の本来のあり方から、人間中心主義の農業を超えて「めぐみ返し」としての農を取り戻す道を模索する。